Entries categorized "昔話"

TZ2を追いかけろ!!(チャオイタ’98車載映像より その2)

Tz2
前回に続いての「その2」はアルファロメオTZ2編。同じく「チャオイタリア’98」クラシックカーレース決勝車載映像からの抜粋より(↓)。
以前にも書いたとおり28番車にとって思い出深いTZ2。何といってもスゴかったのは、これほどまでのレアなクルマを単なるコレクターズアイテムとしてではなく、あくまでも「アルファロメオでサーキットをより速く走る」という目的ひとつでセレクトしてこられた、ロメオの大先輩Uさんの心意気。それは現在も乗られているロメオ好きならではの走りへのコダワリが満載されたアルファロメオGTAにもシッカリと受け継がれておられます。
ある意味ベローチェ乗りとしては、ひとつの究極の姿でもあるTZ2。この時はホンマにエエもん見せていただきました・・・。

CIAO ITALIA 1998②」のビデオ
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GTAmを追いかけろ!!(チャオイタ’98車載映像より)

2000gtam
今からちょうど10年前、1998年の「チャオイタリア」決勝車載映像のオープニングラップから2周目にかけて↓。
当時からのロメオの先輩「Mブラザーズ」お兄ちゃん駆る予選3位スタートのアルファロメオ2000GTAmに、スタート直後から必死に喰らいついていこうとする28番車。その最終コーナーでのミスを見逃してくれなかったのは、予選7番手からジャンプアップしてきたローズオートさんちのNくんドライブによるこれまた同じアルファロメオ2000GTAmという展開で、今にして思えば2台のGTAmに挟まれるようにしてレースしたなんてのは後にも先にもコレっきり。やっぱ憧れのGTAmはサーキットを全開で駆ける姿がサイコーにカッコよろし・・・とか言いつつ、この日イチバンの特等席から見ていたのは他ならぬ自分だったりして・・・。
その他にもアルファロメオTZ2(!)を含むというこの日の超豪華メンバーとのバトルを制して最終的にレースをモノにしたのは、苦しい展開にもかかわらず見事なポールtoフィニッシュを決めてみせた相方27番車。28番車は予選4番手の決勝は3位完走、決勝ベストラップは1分37秒905でありました。

CIAO ITALIA 1998」のビデオ
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「タミヤ」からの手紙(28番車的「3丁目の夕日」)

Letter
いつもの昼休みの立ち読み中、「Racing on」誌のシーズンオフ企画「タミヤ模型特集」を見ていてフト思い出した大昔の記憶・・・。
今を去ること30数年前、日々草野球に明け暮れていた小学坊主の28番車がもうひとつ熱中していたのがプラモデル造り。当時はインターネットなどカゲもカタチも無かった昭和40年代、お気に入りであちこち探し回っていたプラモデルが近所のお店ではどうしても見つからず、思い余って製造元のタミヤへ直接手紙を書いたことがあったっけ・・・。「みっともないからやめろ!」と怒るおやじに、会社向けの宛名には「御中」という漢字を付けるよう後からコッソリ教えてくれたおかん・・・。ところが後日、その片田舎の小学生あてにタミヤから返事が帰って来たのには心底オドロイタ。内容はメーカー直販は行っていない旨とその代りに通信販売の取扱店の連絡先が書かれた簡単なものだったが、あの時は子供心に何だかウレシかったなぁ・・・なんて28番車の「3丁目の夕日」的お話。
因みに未だに覚えているその時欲しかったモデルは1/700ウォーターラインシリーズの「島風」。最高速度40.9ノットを誇った旧海軍最速の駆逐艦。当時から「速いヤツ」が大好きでした・・・。

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ゼッケンサークルの変遷

Zekken1
Zekken2
Zekken3
先日の「ゼッケンサークル話」繋がりで、28番車の過去のゼッケンサークルの変遷なぞを・・・。
改めて振り返ってみれば、丸いのやら四角いのやら、さらには色も黒字に白字と、まぁ我ながら節操も無くその時々の気分次第でカッティングシートを切り出しては、貼って剥がしてまた貼り付けて・・・てなコトを繰り返して来た様な次第。ちなみに今現在は黒丸地に赤文字という組み合わせ(↓)。
一応コレが最終決定版と今現在のところは考えておるのですが・・・。
Zekken4

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チャオイタリア’96の思い出

Carmagazine2
車種は旧車としてはありふれたアルファロメオ1750GTV。ビカビカにレストアされているわけでもなく、ドハデなチューニングが施されているわけでもなし。さらに東京から遠く離れた関西在住ということもあって、巷に溢れる所謂クルマ雑誌とはトンとご縁の無い28番車。それでも永年走っていると過去に幾度かはイベント紹介記事の写真の片隅に写ってた・・・なんちゅうこともあるワケで「Oh My Giulia 2」さんからのトラックバック。
↑はカーマガジン誌1997年1月号に掲載された’96チャオイタリアのレポート記事。決勝スタート直後と思われる写真の左端にチョコッと写っているのが今から11年前の28番車(↓)。四角いゼッケンに修正前の識別カラーリング、左ウインカー下には移設前のオイルクーラーダクト、エンジンもまだ1750のファインチューン仕様でガンバッテいたっけ・・・。この頃はチャオイタもまだTIサーキット英田(現:岡山国際サーキット)で行われており、メインのクラシックカーレースも年式別に2レース開催(因みに’72年式2000GTVの相方27番車は別レースに出走)。華やかだったねぇ・・・あの頃は・・・。で、28番車が出走した「70Bレース」のウィナーは↑の写真では28番車の向かって右隣、ゼッケン74の段付きは「走って潜って魚も釣れる」名メカニックことプロバメカニカのKやん。そして予選PP&決勝ファステストラップはご存知「スクーデリア・ヴェルディ」O野さんの今は亡き伝説の激速ヴェローチェ。28番車のリザルトは予選3番手スタートの決勝2位完走、ベストラップは1分58秒634でありました・・・。

追記:で、そのヴェルディO野さんによる当時の車載映像はコチラにて・・・ということでトラックバックさせていただきました。12年前の28番車の後姿もチラと写っております、イヤハヤ懐かしい。それにしてもシフトダウンでマフラーからエラい煙吹いとったのね・・・全然知らんかった・・・。
Carmagagine

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ウェットレースの車窓から(その2)


前回の続きをもう少し・・・。この時のヒストリックカップ総合優勝は当時メキメキと頭角を現しつつあった通称「黒スッド」ことKumaさんのアルファロメオ・スッドスプリント。↑はレース終盤、そのKumaさんにホームストレートエンドでズバッとインを刺された後、アッサリとブッチギられるの図・・・。この日の詳しい様子はコチラにて。
そんなアルファスッドの秘めたるポテンシャルを存分に示した「怪鳥黒スッド」↓。さらにこの年の暮れ、雑誌社主催のツクバサーキットでのアルファロメオ最速バトルで、排気量1.7リッターの旧車ロメオとしては当時驚異的ともいえる1分7秒台というタイムを叩き出し、居合わせた関係者一同をアッと言わせたのは、我ら関西ロメオ乗りの溜飲を大いに下げさせた出来事として今だに語り継がれているお話であります。
Kumasud

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ウェットレースの車窓から


6月梅雨のド真ん中、今日も朝から雨、雨、雨・・・・の雨繋がりということでウェットレースの車載映像を、6年前の2001年9月14日、TIサーキット英田にて行われたポルテロ・アルファロメオチャレンジ第3戦より・・・。
28番車の場合、雨天でもサーキットでは余程のことが無い限りワイパーは動かさず、予めフロントガラス外側に撥水コーティング剤「レインX」、内側には曇り止めの「クリンビュー」を塗り込むことで前方の視界を確保。思うにこのテのケミカル、後発の製品は量販店の売場の棚を埋め尽くすほど多々あれど、やはり「元祖モノ」に一日の長アリ・・・というのが個人的感想。
この頃はまだ排気量1779cc時代。現在の2リッターエンジンとはまた一味違った1750特有のエンジン音も懐かしや・・・。因みに前を行くのは当時の「スクーデリア・ヴェルディ」ワークス2号車だったアルファロメオ・ジュリアスーパー(1号車はコレ、動画はコチラ)。その後オーナーを変え現在もアルファロメオチャレンジ関西・ヒストリッククラスにて元気に活躍中。↓はそんな’06年のロメオチャレンジ関西最終戦でのスナップであります。
Giuliasuper

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「後ろ掻き」よ永遠なれ!!

Racingon
懐かしい「JTCC特集」の表紙につられ思わず購入した「Racing On」誌2007年7月号。
「アルファロメオ155が出るらしいゾ!」ということで仲間内皆で観戦に出かけたのは開催初年度の1994年、真夏のTIサーキット英田で行われたJTCC第11・12戦。ところがお目当ての155は前日までのトラブルで出走せずとのことでピットはすでにもぬけの殻・・・。「な~んや・・・せめて車輌だけでも見せて欲しかったなぁ・・・」とガッカリした気を取り直して隣のパドックを見るとそこには「AC Schnitzer」のロゴも鮮やかな巨大トレーラー群。「おお~っ!!ホンマもんのワークスや!!」とカンドーしつつ間近に見ると、その一角だけ本場ヨーロッパのサーキットのような雰囲気(行ったことないケド)を醸し出すシュニッツァーチームのピットに完全おのぼりさん状態で釘付けに。さらに遥か極東の地でのレースにおいてもなんら変わらぬ「BMWワークス」のその堂々たる戦いっぷりにいっぺんでファンに。
圧巻はその後テレビ中継で観た仙台ハイランドレースウェイでの同年JTCC第15・16戦。FRのウェイトハンデ(100kg!)をモノともせず見事2ヒートとも制したのはBMW318i駆る「職人」スティーブ・ソパー選手。完璧なゼロカウンター状態で最終コーナーを立ち上がってきたかと思うと、アウト側リアタイヤを縁石の端にチョーンと僅かに掠めつつホームストレートを猛然と加速していくその姿は「美しく」かつ「速い」まさに「FRの鑑」。
やっぱ「後ろ搔き」はこうでなくっちゃ!・・・と、とりあえず自分のコトは置いといて・・・。

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'91広島ヒストリック・モーターカーニバル

91hiroshima
先週末「Giro de DAISEN」参加のため前泊させていただいた白猫#35さんご夫妻のお宅で出た昔話。1991年12月1日、広島県佐伯郡は大野町「チチヤスハイパーク」内で行われた「’91広島ヒストリック・モーターカーニバル」。当時まだご結婚前だったお二人揃って観にいらしていたこのヒストリックカーによるヒルクライムに28番車もエントラントとして参加していたという、まぁなんとも奇遇なことで・・・。
「そういえばあの時ヴェローチェが1台コースアウトして崖から落ちかけたんですよね~」と白猫#35さん。
「そ・・・それは相方27番車でゴザイマス・・・」
忘れもしない2ヒート制で行われたヒルクライムの1本目終了時のゴール地点駐車場。待てど暮らせど現れぬ相方27番車を訝る28番車に、「オイ!君んとこのアルファロメオ、一台崖から落ちとったぞ!」と教えてくれたのがこの頃既にヒストリックカーレースの雑誌記事等でおなじみだった岡山の510ブルーバード軍団の方々。当時は相方27番車もナンバー付で共に遠路はるばる広島まで夜を徹しての自走参加。「おいおい、どないすんねん・・・」と心配した矢先の2本目、今度はもう1台自走参加していた仲間内のアルフェッタGTがゴール直前の側溝に前輪を激しくヒットさせリタイヤ・・・。
こりゃ今日中に帰るのはムリかも・・・・と諦めかけたヒルクライム終了後、タイロッド脱臼で前輪が片方だけアサッテの方角を向いちゃたアルフェッタGTを不安げに見守るギャラリーを尻目に当時出たばかりだったアルファロメオ164に乗って同行してくれていた「柳原メンテナンス」御大、何食わぬ顔でその場で一発タイヤに「蹴り」を放り込んで修理完了!さらに立ち木に紐でくくりつけられた状態でかろうじて崖下転落を免れている相方27番車を寄ってたかってエンヤコラと引っ張り上げた後、皆揃って何食わぬ顔して自走で大阪まで帰ったっけ・・・。
↓はその2ヒート目アタック中の28番車。寸止め状態の相方27番車(赤丸内)を発見してガクゼンとするの図。
思えば今を去ることもう16年も前のお話。いやはやあの頃は皆ワカカッタデス・・・。
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ステッカー貼りまくりの頃

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子供の頃からステッカーやシールの類には目が無く、今でこそ若干治まりつつあるものの、以前は自分の車にも常日頃お世話になっているお店の名前や気に入ったロゴなどを、夜な夜なカッティングシートを切り抜いてこしらえた「家内制手工業的ステッカー」にしては、せっせとボディに貼り付けていた頃の写真。ホドホドにしときゃいいのに調子に乗ってついやりすぎてしまうセンスの無さよ・・・。
あの頃もしこんな便利なものが手元にあったら、さらに目も当てられんような事態になっていたのでは?・・・・なんて往時を思い出しつつ「Casa Mia」さんにトラックバックさせていただきました。

追記:さらに自作ステッカー製作にて奮闘中のコチラにトラックバック。ユメユメこのようなコトにならぬよう、あくまでも反面教師として御笑覧くださいマシ・・・。

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